2019年04月30日

のん 実写映画復帰

女優・のんが、水谷龍二、ラサール石井、小宮孝泰が結成したユニット「星屑の会」による人気舞台を映画化する「星屑の町」でヒロインを務めることがわかった。のんにとって実写映画への出演は「海月姫」(2014)以来のこと。「の・ようなもの のようなもの」を手がけた杉山泰一監督がメガホン、水谷が脚本を担当し、5月上旬より東北地方、北関東などで撮影。20年の劇場公開を予定しているそうです

 “笑ってホロリとする作品”を作ることを目指して結成された「星屑の会」。映画のベースとなる舞台「星屑の町」シリーズは、地方回りの売れないムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」の悲哀を描いた作品だ。94年の第1作「星屑の町・山田修とハローナイツ物語」を皮切りに、その後全国各地で上演。16年には7作目となる「完結篇」が披露され、さらに19年3月にはアンコール上演されるなど、25年に渡って愛され続けてきた人気舞台だ。

 映画「星屑の町」は、東北の田舎町が舞台となる。のんが演じることになったのは、その田舎町で歌手になる夢を抱きながら、スナックを経営する母と暮らしている女性・愛。歌手になるために地方巡業にやって来たハローナイツに入れてもらうべく奮闘するという役どころで、昭和歌謡を歌唱するシーンにも挑戦するようだ。また、のんにとってはゆかりの深い岩手県・久慈市(NHK連続テレビ小説「あまちゃん」ロケ地)でもロケーションが行われる。

 のんは“第2の故郷”ともいえる思い出の地での撮影を前に「この、『絶対楽しい映像になる…』という予感がするキャストの皆様に混じって映画に参加できることが幸せでなりません。久々の映画なので、気合いが入っております。楽しみ!」と心境を吐露。共演に名を連ねるのは、ラサールと小宮に加え、大平サブロー、渡辺哲、でんでん、有薗芳記、菅原大吉、戸田恵子といった実力派ばかり。杉山監督は「何度か映画化の話があったが、何故か実現しなかった幻の作品」と説明しつつ「一癖も二癖もあるおじさんたちに立ち向かうのは、のんちゃん。はたしてどんな化学反応が起きるのか…昭和歌謡がド・ストライクの世代はもちろん、全く知らない世代まで楽しめる作品になること間違いなし!」と自信をにじませている。

 「山田修とハローナイツ」のボーカル・天野真吾役の太平が「令和になったこの時代だからこそ、味わって頂きたい昭和の世界に歌に人情を。懐かしのほろ苦さをご賞味下さい」とアピールすれば、山田修役の小宮は「息の合ったメンバーの撮影ですから現場も楽しいです。何より、20年前に立ち上げた芝居が映画になるなんて最高の贅沢です」としみじみ。一方、市村敏樹に扮するラサールは、長期間に渡る上演を経て、ついに映画化となった点について「よき仲間たちと愚直に淡々と演じ続けてきた甲斐がありました。映画版のキャストもひとりも欠けることなく芝居と同じメンバーだということも凄いですが、そこにヒロインがあののんちゃんとくれば、こんな嬉しく幸せな仕事はありません」とコメントを寄せている。

 「星屑の町」は、20年に劇場公開。
posted by ぴーすけ at 14:19| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月29日

有働由美子

「組織を離れる決断をいたしました」。2018年3月末、NHKの情報番組『あさイチ』で8年間キャスターを務めた有働由美子の突然の退局報告は、あっと世間を騒がせましたね

あの日から1年。ジャーナリストとして国内外を取材しつつ、日本テレビ系の報道番組『news zero』のメインキャスターも務める有働。今だからこそ話せる「NHKを辞めた本当の理由」は。その先に見据える自身と世界の「わくわくする未来」は。2回にわたってお届けする(後編は5月1日公開)。

──27年間勤めたNHKを卒業されてから、1年が経ちました。改めて、卒業の理由を教えてください。

ひとつは、年齢的に管理業務を提示された時に、いや、もっと現場でやりたいですと思ったことです。そして、もう一つは何をやるにもNHKの枠で考えてしまう自分に、違和感も覚えていたからです。組織の目線で、これをしてはいけない、こう考えなくてはいけないと思ってしまう。「あさイチ」のキャスターを務めていたときも、自分はどう思うかより「組織の中で何が言えるか」を優先している自分がいる、ということがありました。

取材現場でも同じです。本当はもっと深く取材したいけれど、「NHKとして、これ以上は踏み込めないな」とか。震災報道にしても、当初は取材した瞬間だけを切り取って「私は取材した、見た」と伝えることに、わだかまりがあって。そのうち、自分が伝えたいことと組織の価値観とのぶつかりを、ぶつかりとすら思わなくなり始めていると気づきました。自分自身が、組織に合わせて思考を制限していたのです。

そのとき、ふと思いました。入局したばかりの頃は、何をやっても上司や先輩に怒られていたなと。「なんでそんなことを取材したんだ!」。毎日が、その繰り返しだった。でも今は、誰にも怒られなくなった。どちらが楽しいかというと昔のほうだし、当時のほうが色々なネタを掴んでいたように思います。

知らないことを自分なりに追いかけていけるのが、この仕事の面白さです。その感覚を取り戻すためにも、一度組織を出てもいいのではと考え、NHKを卒業しました。

──そもそも、有働さんが報道を目指した理由は何ですか。

きっかけは、小学校4年生の頃にさかのぼります。

第二次オイルショックの後、省エネのために学校の教室の電気を消していた時期がありました。でも大阪の繁華街は、ネオンがギラギラしている。なぜ、繁華街は電気を消さないのだろう。理由が知りたくて「毎日小学生新聞」の編集部に電話したら、丁寧に解説してくれました。そのとき、「私もこういう仕事がしたい」と強く思ったのが原点です。

小学校では壁新聞の製作などを手掛けていました。当時から面白いことを調べたい、それを誰かに伝えたいとの思いが人一倍強い子供でした。「面白いことがあるよ」と聞くと野次馬根性で付いて行って、家に帰って母親に見聞きしたことを逐一伝えていました。

NHKに入局した頃も同じです。道を歩いていて面白いものを発見したら、近くの家のインターホンを押して、「すみませ〜ん、表にあるもの、見せてもらってもいいですか」とやっていました。住民の方からあいつは本当にNHK職員かと問い合わせの連絡が入ったこともあるそうですが(笑)、そこから意外な生の情報が聞けたりするんですよね。3分の尺でラジオの番組を作る仕事を与えられると、自分が納得するまで徹底して取材を続ける。「3分のラジオのために何日かけてるんだ!」と、これまた上司に怒られましたけど。

新しい価値観に触れたり、新たな事実を知ったりするのが好きなんですよね。そして、自分が納得するまで追いかけていたいんです。

フリーになって1年が過ぎました。当時の感覚は戻ってきましたか。

NHKを辞めてすぐに青森から茨城まで、10日間かけて車で回りました。そのとき、「ああ、昔はこうして人の話を聞くのが好きだったな」と思い出しました。

取材旅を始めた当初は、なんの肩書きもない自分に戸惑いを覚えました。「あ、NHKです。ちょっといいですか〜」とは、もう言えない。「すいません、有働です」というのも違う。「震災から8年を迎えるにあたり、皆さんにお話を聞いてるんですけど……」と声をかけても無視されたり、忙しいと言われたり。そこで痛感しました。NHK時代は当たり前のように、「取材者なので」という姿勢で臨んでいたなと。

一個人として、相手と同じ目線に降りないとダメだ。そう気づいてから、自分が身につけた鎧を一つずつ外していって。4日目にようやく「失礼しまーす。ご迷惑だと思うんですけど、私、最近NHK辞めちゃって。フリーターだから何の得にもならないかもしれませんが、勉強させてもらえますか?」と言いながら、現地の人たちと話ができるようになりました。

その後は行く先々で、他愛のない会話の端々に感じられる震災の傷みや悲しみをひたすら聞いて回りました。効率で言うと悪いし、本当に聞きたいことになかなか到達できないこともある。でも、この面倒や手間をかけてこそ取材だと改めて実感しました。本当に当たり前のことなんですけどね。どこかで先入観があったり、効率的に取材をしたいと持っていたんでしょうね。

──自分の殻を打ち破るには、相当なエネルギーを要します。それでも有働さんが、組織や肩書きを手放して挑戦を続ける理由は。

挑戦しないと、自分がどんどん凝り固まってしまうという危機感からです。そして、「本当はこうだよね」と伝えることをし続けないと、無責任な世の中を無責任に作ってしまうという怖さもあります。

私は今、50歳です。この歳になると、築き上げてきた城を壊して自分を解放するほうが難しい。それでもようやく、えいやっとブルドーザーを入れて更地を作った。だから守りに入ってはいけない。自分を枠に押し込めるようになったら、この仕事を辞めるべきだと思っています。
ラベル:有働由美子
posted by ぴーすけ at 15:15| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月28日

NGT48

NGT48が27日、横浜スタジアムで行われた「AKB48グループ春のLIVEフェス」に出演した。メンバーの山口真帆(23)らが卒業発表し、チームが解体されてから初のステージ。出演した「1期生」17人は、笑顔でパフォーマンスしたが会場の盛り上がりには欠け、厳しい“船出”となったようです

小雨が降りしきる中、メインステージにNGT48が登場した。21日に新潟市内で行われた現行チーム体制の千秋楽公演で、山口をはじめ、菅原りこ(18)長谷川玲奈(18)がグループ卒業を発表してから、初のステージ。高倉萌香(18)は「雨が降ってますが、盛り上がっていきましょう!」。本間日陽(19)は「今日は少ない時間ですが、皆さんと楽しめればと思います」。「青春時計」「世界の人へ」「Maxとき315号」など7曲を披露した。

この日のNGT48の出演メンバーは、卒業発表前の12日に発表され、3人の名前はなかった。荻野由佳(20)中井りか(21)ら1期生の17人は笑顔でパフォーマンスしたが、騒動の影響もあってか、ステージ全体の盛り上がりには欠けた。

この日はメインステージをはじめ、5つのステージがスタジアム内に設置され、コンコースなどでも同時多発的にメンバーが登場するイベントが行われ、ファンはお目当てのグループやメンバーが登場するイベントに自由に参加できたが、NGT48がメインステージに出演した場面では、他のグループに比べ数が少なく、歓声も少なかった。

大きなブーイングや罵声が飛び交う事態にはならなかったが、一部では山口の愛称である「まほほん」の名前を呼ぶ声も起こった。メンバーは騒動については触れず、最後は一列になって深々と頭を下げて、ステージを後にした。

この日は、本間と、2期研究生がそれぞれソロステージに出演したが、ファンとの交流イベントにNGTメンバーは出演しなかった。埼玉から来たという40代会社員の男性は「頑張っていたり、笑顔を見せてくれるメンバーのことを、もっとすっきりした気持ちで応援したい」と複雑な思いも明かした
ラベル:NGT48
posted by ぴーすけ at 11:54| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする